小学生社会の格付け。

長文の独り言になります、予め。

最近、小5の娘から聞くクラス内の状況に気になる内容が多いな〜と思っていたら、
他クラスの子供達やお母様方の口からも
「あのクラスちょっとヤバい」という言葉も出るようになり。
これはどうした事かと私なりに考えてみた。
娘曰くとても傷付く言葉を平気で口にする子が多くなり、それに対し強く言い返すと倍返ししてくる、ということらしい。
例えば、運動の不得意な子、ニキビのできている子、太り気味な子、それぞれに、その本人が気にしているであろう弱みであろう箇所を口に出して、それに言い返すと男女構わず手足が出たりもするらしい。

「◯◯君や◇◇君は、あいつらと仲間っぽいのにそーいうこと言わないししないんだよなぁ。なんでだろ?」
と娘。その子達は、学年で1、2位を争う運動神経の良い子や、誰もが認める文武両道系の子。問題ある発言や行動をした子は、他のママ達曰く、以前は穏やかな子だったりちょっとだけ泣き虫だった子だったりする。

私が子供の時もそうであったように、学校という社会の中において、
子供達はお互いを格付けし始める。
男の子の格付け基準第1位は、力が強いこと又は運動神経が優れていること。
女の子は、可愛い、スタイルが良い、おしゃれで持ち物が素敵である事、要は外見。

これらの基準が上である子は羨望の眼差しを受けるトップグループに位置付けられ、
下の子は時に馬鹿にされ、しょうもない子だとされたりする。

では大多数の中間ランクの子達はどうか。
女の子社会のあるあるは、可愛いグループを羨むが故にそのグループの子達に近づき、自分も可愛いグループの仲間入りを果たそうとするケース。そういう子達は地味で決して美人ではない子と行動を共にする事をとても嫌がる。
女子の「美」への憧れはこの後長く続き、お化粧し、エステに通い、整形したりする。
また、たまたま可愛い子と幼馴染みだったりクラブが一緒だったりで仲良しだったのに、自分とランクが違うと認識し始め自分を卑下し始める、なんてケースも。

上記の娘のクラスのケースは、男の子達が「強い」を「他人に強いダメージを与え 、負かすこと」
と誤って捉えてしまったが故の言動じゃないかと思う。
もちろん「強い」子が相手に大きなダメージを与える事は多い。
例えばスポーツで相手に一点も与えず圧勝する、殴り合いの喧嘩になった時、一発で負かしてしまう、など。
でも、それと確実に傷付けてしまう 言葉を発することは訳が違う。言うなれば、ナイフで切りつけるのと同じ、人としてやってはならない事。
「強い」に憧れ自分に自信が無いが故にそうなってしまったのでは、と。
親兄弟など身近な人に有無を言わさず力でねじ伏せられる経験のある子もそうなりがちだけど、そのタイプとはまた別のケースな気がする。

どうやら男の子が成長する上で親や社会から受けるプレッシャーは、「強くなければ!」「負けてはダメ」「成功、達成しなくてはいけない」というものらしい。
この手のプレッシャーを過度に強く感じて育つと、協力するより支配し、人を理解するよりわからせようとし、人の関係は勝つか負けるかだと思い、感情を無視して理論でねじ伏せるようになるらしい。それでは大人になっても他人の話に耳を傾けないようになり、人間関係に支障をきたしてしまうかもしれない。

小学校高学年くらいの年齢になると、親以外の影響がより大きくなり手に負えなくなってくるけれど、それでも、親が他の子と我が子を比較しないことが子供を歪ませない、歪みを治す、必須条件だと思う。
あからさまに他の子供と比べる言葉を発したり責めたりせずとも、他の子やメディアに出ている人が可愛いことやスポーツが出来ることばかりをやたらと褒め称えていると、子供は自然とそこに人間の優劣を感じるようになり、自己否定的になったり、または妙にに悟ったように冷めた初めから諦める子になるかもしれない。

また、可愛さやスポーツなどその子の客観的に優れた部分ばかりを褒めていると、その部分でさらに上回る子に出会った時にポッキリいってしまう可能性も。なんだったら親も共にポッキリいくかもしれない。

格付けとは人と人とを比べ、優劣を付けること。

これって、人の心に不幸感を生み出す最強の方法だと思う。

でも人はそれを止めない…。

ただ、こうも思う。
人と比べるということは、自分は何者かと自分を見つめ始めた心の成長でもあり、
誰かと比べてある部分が太刀打ちできないかもと感じたその時こそ、
自分は何が出来るかと問いかけをし、自分の生き方を真剣に考えるきっかけ、チャンスでもある。


我が子は私同様に凡人。「格付け」で上位なわけではない。
こんな平凡な子が幸せな人生を送る方法を、娘と一緒に考えていこうと思う。

アドラーの本に書いてあった言葉が、一番明瞭で腑に落ちたので、取り敢えずそれを目標にしてみよう思う。

幸せになるための目標は
「自分は(何れかの自分が関わる)社会に於いて調和していること。」
「自分には、能力があると認識していること」
「能力が役立つこと」

この目標を達成するには、努力する心の力が必要。
ならばそれを育てるのが親や大人の仕事なのでは。

ところでそれ、どーやって育てるんだ??
親修行、まだまだ続く…。














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by kondouyoogashi | 2017-11-19 20:17 | 日々雑記 | Comments(0)
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この店は、閉店致しました。が、blogは続く…


by kondouyoogashi
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